うめにうぐいす

アラサー女のごちゃまぜブログ。日々思うことや好きなことについてテーマを決めて問わず語りしたい。

1年

5月頭から、1年前をふと思い出して、最近カウントダウンをしてる。

 

6月になればもうすぐ、父の命日が来る。

1年前のこの日は、私は何をしていただろうかとか、何故一度倒れたときに、会いに行かなかったのかなとか。

 

やり直せるならどうしたいのだろうとか。

 

最近やっと自己開示ができるようになってきたから、普通に聞かれたらたぶん割と話せるようにはなったけど、私は父のことが本当は憎くて大嫌いだけど、同時に好きでもあった。

 

でもその好きは「親だから」という生物学的な刷り込みとかそういうものに近いのかもしれない。

 

聞かれたら話せるけど、今は端折ってしまうと父は割と「ろくでもない」部類な人間だったと私は思う。別に身体的や性的な虐待は一切されてないし、父は私を一番心配し溺愛していた、らしい。でも私からしたら、世間一般の父親とはかけ離れて嫌だった。

 

こちらがやめてほしいことはやめてくれなかった。

 

だから死ぬほど嫌いだった。やめてほしいことをやめてくれない人が「大切」だの「好き」だの、言葉じゃなくて行動で示せよ、と。

 

最後まで私は父と素直に向き合うことが出来なかった。

 

失ってはじめて気づくことはたくさんある。いつかは言ってやろうと思ってたこと。本当はあなたのそういうとこ嫌だったから直して欲しかったのだと、ぶつかってやろうと。それが言えたら、私と父の関係もいつか全うになるのかもと思ってた。

 

でもそうしていびつな形で先延ばしにしてるうちに、もう一生言えなくなった。

 

父は死んだら絶対私に会いに来る、夢のなかとか、と思ってたけど、ほぼない。

 

1度だけ「肉じゃが美味しかったよ」と夢に出てきた。私あなたに肉じゃが作ったことない、それどこの女?と。

 

どれだけ血が繋がってようが思おうが、望めば幽霊になってでも対話できるかとか、なかった。それ、マンガだけ。

 

死ぬって、昨日まで生きてた人が居なくなって、もう電話もこなくて、存在が無くなるって、こうなんだ。本当に世界は毎日回るけど、その人だけがもう居ない。

 

だから未だにお墓や仏壇に手を合わせに行くのが怖い。冬に帰ったときは、お墓のまえから、しばらく動けなくなってしまった。1人で行った。母の前でも父に対する思いは出したくなかったから。

 

離れて父の思い出を共有する人がいなくて話題にすら出さなければ実感せずに忘れていられるから。もう居ないということ。だから1年間、平気そうに生きてるのだと思うし、そんな自分が薄情だとも思う。

 

ぶつけてやりたかった言葉も、本当はもっと、かけたかった、優しい言葉とかも、行き場がない。

やり直せるなら、1年前の今日でも明日でも会いに行って、話したい。何を話したいのかわからないけど、生きてた時の顔が見たい。会いたい。もう話せなくていいから、遠巻きでもいいから一目見たい。

 

今は1年経って、私が父を思う気持ちは、こんな形になってしまったけど、父が居なくなって初めて形になったのだと、少しずつ思えるようになった。

 

だからよく言われる、

明日何があるかわからないから、大切な人には後悔せずに気持ちを伝える。とかいうやつ。

 

たくさんの人にとってそうであればいいと思うし、人生に後悔は少ない方が絶対にいい。でももし間に合わなくても、間違いでも何でもないんだと、その時の自分にはそうしか選べなかったんだと思ってほしい。

 

あの日大嫌いで心底憎かった父のために朝まで泣き腫らして新幹線でも電車でもグズグズ泣いて怪しい女だった。1週間寝られなくなって火葬場で泣き崩れてしばらくは毎日ボロボロ泣いて。嫌いな人のくせにあんだけ泣ける自分って、素直じゃなさ過ぎてバカだなって思うけど、ちゃんと「娘」で良かった。一応父の娘だった。

 

母に対する気持ちは今は頑張って消化中。

もう後悔は少ない方がいいから、頑張って間に合わせたい。